カラー写真より色あせた記憶  夢をみた。  それはとても楽しげで、  それはとても懐かしくて、  それはとても色褪せていて。  昔の、幼い頃の、夢をみた。  母に手を引かれ、歩いたあの日の夢を。  雨で退屈だった時、誰かとお菓子を作ったあの夢を。  雨が嫌いだった私が、時間を潰すために想像した、愉快なあの空想を。   キャンディーレイン。子どもが夢見る飴の雨。  甘いものに目がなかった私が、当時夢見た飴の雨。  おはよう幻想郷。朝日に毎日、変わらぬ挨拶、何回目だろう。  日本には四季があって、幻想郷にもやっぱり四季はある。  春はあけぼの、朝起きないとそのままあかつきの時間まで眠ってしまうから。  春は花粉が飛んで、私の顔をもみくちゃにしてくれる。消えれば良いと思う。  夏は夜。あはれとか、をかしとかじゃなくて、昼は暑さで頭が回らないから。  一番重要なのはその前の梅雨。雨はじれったくて嫌いだ、暇で潰れてしまう。  秋は夕暮れ。残暑が厳しい秋なんて夕暮れくらいの温度がちょうどいいから。  秋は台風や秋雨などで自由に出歩けないことが多い、空も見えなくて退屈だ。  冬はつとめて。自然が少なく、木の実やキノコを確保するのに苦労するから。  冬の晴れた日の空の下、寒いところでお茶を啜るのが好きだ、でも雪は勘弁。  日本の四季って、色とりどりで、素晴らしい。  そんな日本が私は大っきらいだ。  今は、山は赤く染まり、冬を越すために動物たちが脂肪を蓄えるため木の実を食べ続ける兎や猪を食べ脂肪を蓄え穴に潜る熊がたまに見られることがあるようで無い。空は高く、日が沈むのがだんだんと早くなり、しかし日の出の時刻が遅くなるわけでもなく早起きを強制される季節。  秋である。  そして、今私の耳に音が聞こえる。  寝床からでも聞こえる、仰向けでも、うつ伏せでも聞こえてくる。  地面に何かがぶつかる音が。重力に吸い寄せられたかわいそうな水滴の叫びが。  雨だ。  この季節の雨はまるでそばのようだ。  細く長く。そばの代名詞である。  この季節の雨は静かに、静かに続く。なかなか止まない。これがまたウザいのである。  ついでに夏の夕立はうどんだ。太い。一発屋。  おなかすいた。今日の夕飯はうどんにしよう。  雨の音を不本意ながら聞いてしまい、気分がふさいできたところで、布団から出ないことには何も始まらないのは分かっているので、仕方なく布団から這いずり出す。  私の生活は規則ただしく早寝早起きをモットーにしている。起きる時間の誤差はプラスマイナス五分程度。すなわち今の時刻は七時三十分前後のはずだ。  昨日の夕食を食べたのが六時四十分過ぎだったので、大体十一時間飲まず食わずなわけだ。  おなかすいた。今日の朝ご飯は何にしよう。 ◇◆◇◆◇◆  起きた直後特有の口の中のねとつきをどうにかしようと、水を一杯汲んでうがいをしてみると、やはりいつもどおりすっきりする。  しかし、起きた直後特有の空腹感はどうにもならないので、もう一杯水を汲んでその水を飲み干す。  こちらは案の定すっきりせず、空腹感が残ってしまったので、仕方なくお釜に残っているはずのごはんを食べようと思う。  おかずは何にしようかな、と考えつつ、少し横にずれてお釜の中を除く。  お釜の縁にはすでに乾燥しきった炭水化物だったものがこべり付いていて、お釜の中に残っていたのは、でんぷんだったはずの薄っぺらい何かだけだった。 「あ、どうも霊夢さん、お邪魔してますね」  居間の方から文の声がした。  いつもの声よりも少し曇っていて、且つ何かが触れ合う音がしている。  食器の音がする。 ◇◆◇◆◇◆ 「いやいや、そんなに怒らないでくださいってば」 「よくも……私のお米を……っ!」 「また炊けばいいじゃないですかー」 「あと何時間かかると思ってんのよ!」 「あーあー、はいはいちょっと待っててください」  起きてから約十五分。その間私はほとんど立っていた。眠っている間にどの程度カロリーを消費するかはわからないが、起きてからは大体十キロカロリーくらい消費しているだろう。大体お米三十粒分くらいだ。  そして、私は今お腹がすいている。お茶碗一杯のお米が欲しい。大体三千粒くらいだ。  そんでもって、今目の前にいるこの天狗のコンチクショウが食べたお米の数は、大体二千四百粒くらいだ。  食べ物の恨みは怖い。二千四百÷三十で八十倍は恨んでやる。  ついでに今雨が降っててムカつくから、大サービス百六十倍だ。  三千×百六十で五十七万六千粒のお米をくれないと気が済まない。 「お米かえせー!」 「ほら見てください、今日はおみやげ持ってきたんですよ」 「……」 「これで我慢してください」   差し出されたのは、もみじ饅頭の箱。私の大好物の、もみじ饅頭の箱。  やっぱりお米の方がいいかな、とか思いつつもやっぱり体は正直で、右手が箱を受け取ってしまっていた。  開けてみると、なんとそこには八個のもみじ饅頭。  の材料が入っていた。 「……お米かえせー!」 「や、待ってくださいって、霊夢さんもみじ饅頭好きでしょ? なら作りましょうよ、ね?」 「……何分くらいでできるの……?」 「頑張れば、そうですね十分くらい」  頭の中でお米五十七万六千粒ともみじ饅頭八個を天秤に掛けると、もみじ饅頭が勝った。  もみじ饅頭は大体一個七〜八kg換算だ。もみじ饅頭が優勢だった。  私はもみじ饅頭が好きだ。 ◇◆◇◆◇◆  最近は、お湯を注いで作るだけのそばがあるらしい。  それはどうやら三分程度で出来るらしい。  忙しい人間の味方だ。  私は毎日お茶を飲むのに忙しくて、そんなものは作っていられない。  自分でそばを作るのなら、そのお湯をお茶にまわして、そば屋へ食べに行く。  天ぷらそばが美味しい。えび。  この饅頭はお湯をかけて作れるほど簡単なものではなく、しっかりと具材を混ぜるところからはじめなければいけない、皮は出来合いのものを使うが、やはりこちらも気を使わないと破れてしまうため、集中しなければいけない。 「疲れたー……」 「お疲れ様です」  出来上がったのは私が起きてから、大体一時間後くらいのこと。  文との口論が終わってから、大体三十分くらい立っている。 「うそつき」 「何がです?」 「十分で終わるっていったのに」 「あぁ、すみません、個人差です個人差」 「それは遠まわしに私が不器用だと?」 「あ、いや、そうじゃなくて」  馬鹿にされた気がしてムカつくけど、目の前のもみじ饅頭を食べる想像をするとだいぶどうでも良くなってくる。 「じゃあ、分け前はあれね、一対三くらいでいいわね」 「なんでですか!」 「文が言った十分対実際かかった三十分」 「むぅ……」 「文が二個で、私が六個ね」  文はちょっと残念そうな顔をしたけど、すぐにちょっとだけうれしそうな顔になった気がした。 ◇◆◇◆◇◆ 「……おいしい」 「でしょ? 中の餡の材料集めるのに時間かかったんですよ?」  餡だけは自分で調達したらしい。大したものだ。  どこか懐かしい味がするのはどうしてだろう。 「どっかで食べたことあるような味する」 「まぁ、そうでしょうね」  文は何も言ってくれない、デジャヴかもしれない。ヴ。 「いつか思い出すかも」  なんとなく思い出せそうで思い出せない、もうこの辺まで出かかっている。この、鎖骨あたり。 「思い出してくれないなら私言っちゃいますよ?」  今私の中のどこかで、何かと重なった気がした。 「雨の日」  今私の中のどこかで、何かがつながった音がした気がした。 「退屈そうだった霊夢さん」  今私の中のどこかで、何かが動いた。 「おなかを空かせているようだった」  今私の頭の中で、つながった。  雨の日、雨を眺めて、お腹がすいていて、退屈で、ご飯の時間までまだだいぶあって。  昔々の、その少し前の、セピア色の何かが見えた気がした。 「……あげるわ、ひとつ」  文は猫のような笑みを浮かべ、こちらを見ていた。  雨も、ちょっとなら、長く続かないでたまに降るくらいなら許してやろうと思った。